ご挨拶

 多くの国民が「自粛するなら補償」をと声を上げ、野党も力を合わせる中、一歩一歩改善・前進させてきています。
 検察庁法の改定案も一人の女性のツイッターでのつぶやきが大きく広がり、市民が「とんでもない」と声をあげるなか、今国会での成立を断念させました。「民主主義の底力を示した」ものです。
国民が声を上げ続ければ政治を変えることができます。ご一緒に港区を変えましょう。

略歴

前港区議会議員(3期)、港区長選予定候補。
1949年5月6日生まれ 埼玉県庄和町(現春日部市)生まれ。
県立春日部工業高卒業後に新潟コンバーター(株)入社。
1974年 民青同盟港地区委員長。
その後日本共産党港地区委員会に勤務し労働部長、副委員長歴任。
2007年 港区議会議員(3期)。

趣味は落語、映画鑑賞、家庭菜園。


モットーの「誠実、行動力、トコトンがんばる」を貫く

 大滝実さんは3期12年間、区議会議員としてこの言葉通りの活動を貫き、今でも町会のみなさんやマンションのみなさんと活動・交流を続けています。
 大滝実さんの掲げる「4つの区政転換・改革プラン」は圧倒的多数の区民の思いと通じるものと確信しています。
 いま、コロナ禍で社会・政治のあり方が問われています。港区には多額の積立金があります。今日、明日をどう生きるか、どう営業を続けるのか、多くの区民が大変な時に積立金を活用することが求められています。
 大滝実区長を誕生させ、一緒に新しい港区を築いていきましょう。

熊田ちづ子さん(日本共産党港区議)


子どものころ

中学生で100キロくらいあった大柄な兄と比べられ、私は痩せて青白いかったので「小さな蚊トンボ」がはり付いているようだといわれていました。特にいじめられたことはありませんでしたが、鉄分の薬を飲んでいるような子どもでした。

学生時代

工業高校に進み自動車部に入りました。落語が好きでラジオでよく聞いていました。文化祭では落語研究会で大喜利をおこないました。体育祭の仮装が大ウケだったのはよい思い出です。

就職

旋盤工として就業しました。会社に1台しかない機械をまかされ、忙しいときは夜勤をしていました。仕事のほか、社内で企画したクリスマスの社交ダンス講習会ではおもしろいと多くの参加者で好評でした。

青年組織「民青」職員に

誰一人取り残したくないとの思いで決意しました。このころ、青年が「友達がいない」と言い自死されたという報道があり、心が痛みました。

港区議会議員へ

親から「人の為に働いてこそ価値がある」と教わりました。地域の為に働きたいという思いで決意しました。

港区政への思い

新型コロナウイルス感染症の対応では、国や東京都の対応が遅すぎたり的外れのものがあるが、現港区長は行動をしません。大型開発と大企業優先の港区政では新型コロナウイルス感染症後の舵取りを誤ってしまうと考えています。

後進の育成を行うために議員職を辞しましたが、港区民が新型コロナ禍での生活で苦労していることを見聞きし「黙っていられない」「民の声を聴き、区民の命と営業を守りたい」という思いで港区長選挙への立候補を決意しました。

ベランダの野菜つくり

野菜が生長していくのが楽しみで、新鮮な野菜も食べることができます。実家が農業でしたので、日本の食料自給率の低下も危惧しています。

ダイエットも

尿酸値が高く動けなくなった夫を支えておられる女優さんが「奥さんに支えてもらえないとダメ」と言っているのを聞き、私は妻がいないですから、痩せる決意をしました。キャベツを食べて半年で8キロほど減量、いまも野菜は大好きです。